夜に潜む妖怪たち‐プリザーブドフラワーの男編‐

プリザーブドフラワー

プリザーブドフラワーの男 編

欲望渦巻く眠らない夜の街には、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が住むという。

街灯が弱々しく灯り、色とりどりのネオンが光る頃、妖怪たちは人工的なそれに導かれるように、炙り出されるように蠢きだすのだとか。

私が過去に2年間だけ身を置いていたキャバクラという世界。今回のお話はそんな頃に経験した実話。

さて。
今はジリジリと体力を消耗させるような夏の真っ只中。たまにはこんな妖怪のおハナシでもしましょうか・・・。

ヒップホッパーな優男

当時私を指名してくれていた客に、見た目がかなりヒップホッパーな男がいた。年齢は20代後半。ダボッとした服装にキャップ、重そうなアクセサリー。かなりカジュアルではあるが、不思議なことにその出で立ちは清潔感と高級感を漂わせ、いつも石鹸のような良い匂いのする男だった。

男は恰幅も良く、切れ長な目とほどよく整えられた口ひげのせいか、一見すると強面なのだが、話す口調は穏やかで品があり、初めて席に着いた時は面食らってしまったものだ。

話をしていると、男は若くして自身の経営するアパレルショップを構えており、軌道に乗っているのか仕事に誇りとやり甲斐を感じていることが伺えた。

男は、私がその後店を辞めるまで長く指名してくれることになる。

客以上に。

男は飲みの席でも常に穏やかであり、良いお客ではあったが、「客とキャバ嬢」の付き合いが長くなると次第にそれ以上の関係を迫るようになってきた。店ではなく、プライベートで会う関係を求めてくるのだ。

別にこの男が特別な訳ではない。他の客もしかり、遅かれ早かれそういうことを言い出す客のほうが圧倒的に多い世界だ。この男も例外ではなかったということである。

ただ、この男が他の男と違っていたことがある。それは、異常にピュアな心の持ち主だったということ。因みにいつも瞳がキラキラと輝いていたということもここで記しておこう。

多くのキャバ嬢は、客のその手の誘いを相手の気分を損ねないようにかわす技術を習得している。悲しいことに、自然に身に付いてしまうのだ。

当時の私の常套句は、「留学のためにお金を貯めたくて、昼職と掛け持ちでここで働いている。あなたは特別な人だけど、時間がなくて店外では会えない」というものだった。留学費用のためというのは本当だが、実際はちゃんと休みも作り、しっかりお付き合いしている人もいて、たくさん遊び、人生を謳歌していたのだ。それを大嘘つきだと言われたら反論はできない(きっぱり)。

よく考えなくても疑わしい私のそんな話を、大体の客は理解し、切れることなく店に来てくれた。

私の演技力が高いのか、生物学的に騙されやすい生き物なのか・・。

私は思う。世の男性よ、もう少し疑おう。

話を戻そう。

私のそんな大嘘 事情を聞いたその男は「それは大変だ!頑張り過ぎじゃない?体に気をつけないと。」と心配してくれた。

しばらくして、男は私に「花を送りたい」と言ってきた。特別な花を見つけたのだという。そして私が住所を教えることを躊躇すると思ったのか、

「住所を教えるのはちょっと怖いかもしれないから、家じゃなくて良いよ。近くの目印的なところを教えてくれたら、そこに花を置いておくから、見つけたら受け取って。」と。

確かに家の近くを教えることすら気が引けるが、常に穏やかで良い人であり、そしていつも子どものように純真な言動の男の希望を、私はこれ以上無下することはできず、家から離れたところを男に教えたのだった。

数日後の夕方、私が昼職の仕事をしている時に、男からメールが来た。

ミミィちゃん、この花を教えてくれた場所に置いておいたからね。

メールには写真がついていた。写っていたのはバスケットに丁寧に入れられた、鮮やかな青い色の花たち。当時はまだ珍しい、半永久的に枯れることのないプリザーブドフラワーというものだった。

その日、私はキャバクラの出勤予定はなかったものの、昼職の残業がかなり長引き、帰るのが終電近くになってしまっていた。

その帰り際、男が花を置いたという場所を探したが、なぜかそれらしきものは全く無かった。

帰宅した後、私は男にメールした。

お花探したんだけど、無かったよ。先に見つけた人が持っていっちゃったかも・・

するとすぐに男から返信がきた。

ミミィちゃんが見つけられなかったの知ってるよ。
 ずっと見てたから。

ぞわ。

え。ちょっと待って。花置いた連絡くれたの夕方だよね?私今日何時に帰るかも予想つかなかったよね?だって自分でもこんなに遅くなるの予想外だもん。夕方からここでずっと待って見てたの?私が花を探してウロウロしてたのも黙ってずっと見てたってこと・・?

ぞわ。

あとがき

この出来事が地味に恐怖であり、その後私はぬるっとこの男と距離をおくと同時に、海外への出国日が迫っていることをいいことに、男に黙って店を辞め、携帯も解約し文字通り男から「飛んだ」のだった。

そして今、私は思う。

ぞわ。

そんで青い花どこ行った?

眠らない街には魑魅魍魎が住む。

プリザーブドフラワーの男編 ー終ー

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