夜に潜む妖怪たち-番外編 寺島一郎の夜-

夜に潜む妖怪たち・番外編−寺島一郎の夜−

寺島一郎の夜 編

あなたは知っているだろうか。眠らない街には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が住むということを。

人間のような風貌で、人間のように言葉を操り、何食わぬ顔で我々を狙っている。
ほら、今夜もどこかで・・

あれ?

ねぇ、あなたのその隣の人って・・・

寺島一郎

これは北海道のとあるバーのおハナシ。寺島一郎という男がそのバーの店長をしていた。

バーカウンターには一人で来る客が多い。一人で静かに酒を飲む者。バーテンダーとの会話を求める者。たまたま居合わせた者同士での会話を楽しむ者。それぞれが一夜限り、その場限りの時間を楽しむ場所だ。

今夜のカウンターにももう何人か、客が既に座っていた。寺島はその内の一人、馴染みの若い女性客に声をかけた。

「今日は何軒目なんですか?」

「2軒目ですよ~」

ほろ酔いなのか、女は機嫌がよさそうに答える。女の隣には初めて見る中年の男が座っていた。寺島はこの男にも声をかけた。

「お客さんはもう結構飲んできたんですか?」

「あぁ、僕もここで2軒目かな。」

「じゃあ、二人とも二次会みたいなものですね。」

寺島がそう言うと、女は男と顔を見合せて笑った。

バーテンダーは、客が居心地よく過ごす空間を提供するのも仕事である。こうして隣同士の客が話しやすくするきっかけを作ったりもする。ただし、今回のように見知らぬ男女が隣同士になった時には注意が必要だ。酒の席ではトラブルが起こりやすいからだ。寺島は女の反応を伺う。女はこういう場に慣れているのか、自分から男に話題を振るなど、年の差も関係なさそうに楽しそうにしていた。

・・どうやら雰囲気は悪くなさそうだ。

寺島はスッとその場を離れ、何かあればすぐにフォローに入れる位置に立つことにした。

鈍器

二人はしばらく楽し気に会話を楽しんでいた。酒も入り、空気もだいぶ和んでいるようだ。

カウンターの客は、いつの間にかその二人だけになっていた。

やがて、男が何かを思い出したようにカバンを探り出す。

「あ、ちょっと待って。見せたいものあるんだよ。」そう男が言うと

「え~、なになにぃ〜?」女も興味津々な様子で答える。

ゴン!

突然固く重い音がした。男はカバンから鈍器のようなものを取り出しカウンターにおもむろに置いたのだ。それを見た女と、音の方に視線を向けた寺島の動きが止まった。

カウンターには、石膏が置かれている。しかも形は実物大の男性器だ。色こそ白いがやけに生々しい。血管が浮き出た様子まで確認できる。唖然とする女の表情を楽しんでいるかのように、男はニヤニヤ笑った。

「ちょっとこれさぁ、触ってくれない?」

男はニヤニヤしたまま、舐めるように女に話しかけた。まるで蛇が舌をチョロチョロ出しながら獲物に近づいているように。

気持ち悪い男のその様子に、女はあからさまに拒絶する。

「嫌です!それ早くしまってください!」

すかさず寺島が間に入った。

「すみません、お客さん。それを早くしまってください。」

「なんだよ~!これ自分で型取ったんだぞ!」

・・・。

自分で・・型を取った・・?
え?ちょっと待って。石膏で?固くなった自分のモノを、わざわざあのセメント的な液状に?あはは!あれって結構熱いんだよね?すげぇ!型がつくまで維持でき・・

寺島はハッと我に返った。今はそんなことを考えている暇はないのだ。

「いいからしまってください!」

寺島は声を荒げた。

「なんでだよぉ!これは僕の大事なモノなんだぞぉ!」

男は食い下がった。

いや、それどっちやねん!自分のモノが大事って言うてんのか、それともそのわざわざ型とったそれが大事って言うてんのか、どっちやねん!あぁ、なるほど!両方の意味で大事って意味か。うまいこと言うてんなぁ!っていうか教えて。それ持ち歩くってどういう神経?

っ!

寺島はまた我に返った。早くこの化け物を始末しなければ。

この客は危ないと判断した寺島は店から追い出すことにした。

「早く帰れよ!」

その言葉を待っていたかのように男が言う。

「あれぇ~?それって、代金いらいないから帰れ的なやつぅ~??」

痛ぇっ!こいつだいぶ痛ぇっ!まじぶん殴りてぇーっ!今なら那須川天心より早く秒殺できる気がするぅっ!許されるならその石膏でぶん殴りてぇーっ!

「ちゃんと払ってけよ!当たり前だろ!警察呼ぶぞ!」

寺島の剣幕に折れた男は、

「分かった分かった」とカバンをまさぐった。その拍子にカバンが落ち中身のものが散らばる。寺島の足元に男の社員証が飛んできた。なぜか見覚えのある名前が目に留まった。

「寺島一郎」

・・・。

あぁ〜。オレ、こいつと同姓同名かぁ〜。

バーボン

騒動が落ち着き、客が引いた誰もいないカウンター。寺島はバーボンをロックグラスに注ぎ、煙草の煙をくゆらせた。寺島は目を閉じた。瞼の裏に浮かんだ人のことを考えていた。自分の名前を付けてくれた人。

母さん、元気かな・・・

今夜のバーボンはいつもより苦い。

眠らない街には魑魅魍魎が住んでいる。

寺島一郎の夜編 ー終ー

あとがき

今回のお話は、妖怪シリーズの番外編。

Twitterで仲良くさせていただいているテラさんご協力の元、テラさんが昔働いていたバーでの出来事を書かせて頂きました。

ストーリーはほぼノンフィクションですが、一部ミミィ的表現を上乗せさせていただいております。

テラさんは「秒殺してぇ」とか「石膏で殴りてぇ」なんて怖いこと言いませんのでご安心ください。笑。

いつもとは違う夜の世界の妖怪のハナシ、いかがでしたでしょうか?

場所を問わず、眠らない街に潜む妖怪たち。

ほら、今あなたが一緒にいるその人は、本当に大丈夫ですか?

よくよく、ご確認を。

ミミィ

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